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公開日:2018年8月24日

高齢者のケアには嘘も必要!本当は存在しない「真実の手紙」

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吉田 匡和(介護ライター)

嘘をつくのは悪いことは子供でも知っていることですが、認知症の高齢者に本当のことを言うことが適切であるとは限りません。嘘をついたことで、かけがえのない宝物をプレゼントすることもあります。

翻弄された時代(とき)

今から22年前のことです。私は新人相談支援員として、ある老人保健施設で働いていました。その周辺には炭鉱が多く、戦時中は朝鮮半島から多くの人が働きに来ていました。入所者のY氏も幼い頃に日本に連れて来られ、再度祖国の土を踏むことなく日本の炭鉱町で働いていた一人でした。

高齢になり、公営住宅に独りで年金生活をしていたものの、酒好きが災いして一人暮らしを継続できずにいたところを保護され、町内の特別養護老人ホームの待機として老人保健施設に入所していました。自由奔放な性格で、時々無断で施設から出て行き、捜索されることもしばしば。出歩けない上に酒を飲むこともできない施設は、Y氏にとって不自由極まりない場所でした。

記憶の彼方の友人

ある日のこと。突然思い立ったように「一緒に炭鉱で働いていたKさんに遭いたい」と言い、静止を振り切って玄関に向かっていきました。尋ねるとKさんは朝鮮半島から一緒に日本に来た仲間で、一緒に炭鉱で働いていたと言います。「隣町に住んでいるので、これから会いに行きたい」と興奮しています。

Y氏は孤独な方で、これまで訪ねてきた方はおろか、誰からも電話や手紙もが来たことはありません。最後に会ったのも20年以上前だと言い、住所もファーストネームもわかりません。「現地に行けば思い出す」と興奮冷めやまないY氏を車に乗せ、手掛かりのないまま隣町に向かいました。

変わらないものに導かれる

隣町に入り、「どのあたりか覚えていますか?」と聞くと、『線路を越える大きな青い陸橋があった』と答えるので、半信半疑のまま線路沿いを走ります。20年前と比べれば街の景色も様変わりしているはずですし、本当に20年前なのかも疑わしいものでしたが、興奮状態のまま押さえつけていても解決にもならないので、一緒に探して納得してくれればいいと思っていました。

「かなり前のことだから、陸橋なんか見つからないかも知れませんよ...」と言いかけて驚きました。なんと、線路を越える大きな青い陸橋を発見してしまったではないですか。建物は変わっても、こうした建築物は簡単には変わらないものなのかも知れません。私は俄然やる気になり次のルートを訪ねました。『陸橋を渡って真っ直ぐ行くと橋がある』と言う言葉通りに車を進めると、その通りの風景に出くわしました。もしかしたらKさんに会えるかも知れないと、私もワクワクです。

しかしそこまででした。やはり街は変わり果て、新しい家並みを形成しています。『変わらないもの』からの導きが、『変わってしまったもの』に阻止されました。近所や交番で聞き込みをしたものの、Kと言う苗字も在日朝鮮人の存在も確認出来ませんでした。

本気で嘘をつく

これで満足して落ち着いてくれるという希望は通じず、数日後にY氏は「Kさんに会いに行く」と騒ぎ始めました。今日は車で連れて行かないと言うと、「タクシーに乗って行く」と言います。お金を持っていないことを告げると、「タクシーを降りるときに運転手を殴って逃げる。昔は何度もこの手で成功した」と誇らしげに言います。「これではキリがない」と考えた末にひとつのアイディアが浮かびました。  

数日後、「実はKさんと連絡が取れましてね。手紙を貰いました」そう言ってY氏に自分で書いた手紙を手渡しました。幼くして日本に来たY氏は日本語を話せるものの、母国語も日本語も読めません。歴史に翻弄されたY氏の孤独を少しでも和らげたいとの思いが、私にニセの手紙を書くと言う行動をとらせたのだと確信しています。「読みますよ」。そう言って自分で書いた手紙を読み上げました。

「Y、元気か。俺を探していると聞いて嬉しく思う。残念ながら俺は3年前に祖国に帰った。今は釜山で暮らしている。会えなくて残念だが、お前も身体に気をつけて暮らせよ。Kより」

手紙を読み終わると、Y氏は感嘆混じりに「そうか、あいつ帰ったのか」と言い、大事そうにそれをポケットに仕舞いました。嘘をつくとエンマ大王に舌を抜かれると言います。仕事柄、この類の嘘をつき続けている私が抜かれる舌は、一本では足りないでしょう。しかし、それで癒される人がいるのであれば、嘘をつくことがすべて悪いとは言えないと思います。その後、Y氏が「Kさんに遭いたい」と言うことはなくなりました。

真実の手紙

普通ならこれで終わりですが、続きがあります。何と嘘つきにならずに済みました。それから数日後、在日朝鮮人の所在を調査している団体からY氏の所在を確かめる電話がありました。ついでにと思い、「Y氏が親しくしていたK氏を知っていますか」と尋ねたところ、「ああ、Yさんと親しくしていた方ですね。何年か前に韓国に帰られました。帰る前にお会いしたのですが、Y氏のことを気にかけていましたよ」との返答が!

それから数年後、Y氏は特別養護老人ホームに移って行きましたが、施設の職員から私が書いた手紙を大事に持っていと連絡がありました。会いに行ってみると、認知症が進行して私の顔は忘れてしまったようですが、ズボンのポケットから、あの手紙が覗いています。過ぎ去るY氏の後ろ姿に、心で話しかけました。

「Yさん、その手紙は本物だよ。Kさんが書かせた本当の手紙だったんだよ。大事にしてあげて下さいね」。

■著者■ 
吉田 匡和
介護ライター
福祉業界では20年のキャリアを誇り、福祉系専門学校教職員、老人保健施設相談支援員、特別養護老人ホーム・デイサービスセンター生活相談員、特別養護老人ホーム事務長として勤務。退職後はフリーライターとなり、WEBを中心に活動している。社会福祉士、介護支援専門員、福祉住環境コーディネーターの資格を保有。
HP:https://buleorca.webnode.jp/

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